トランプ政権のDEI廃止施策が日本に与える影響

2025年1月20日、ドナルド・トランプ大統領は大統領令14151「過激で無駄な政府のDEIプログラムと優遇措置の廃止」に署名しました。この命令は、連邦政府内で実施されている全てのDEI(多様性、公平性、包摂性)プログラムの終了を義務付けています。(出典:WHITEHOUSE.GOV)
さらに、2025年1月21日には、大統領令14173「違法な差別の終結と能力主義に基づく機会の回復」に署名しました。この命令は、連邦契約を通じて創出されたポジションにおいて、民間企業がDEI雇用プログラムを実施することを禁止するものです。
(出典:JDSUPRA.COM)
これにより、連邦政府内のDEI関連の職務・研修が停止され、担当職員の解雇が進められています。さらに、政府契約企業にもDEI施策の撤廃を促す圧力が強まっており、民間企業への影響も避けられません。
特に、性別の定義を「出生時の男性・女性に限定」する方針や、大学・企業のDEI施策を「逆差別」として批判する動きが加速しており、米国内の雇用・教育・政策に大きな変化をもたらす可能性があります。トランプ政権の「能力主義」への回帰は、グローバルなHRの方向性にも影響を及ぼすかもしれません。
本コラムでは、トランプ政権のDEI廃止が米国社会および日本企業に与える影響について考察します。
DEI廃止の動きはトランプだけではない——米国社会の変化とその影響
トランプ第二政権以前の2023年6月、米国最高裁は大学入試における「アファーマティブ・アクション」を違憲と判断し、人種を考慮した入学選考を廃止しました。
そして2025年1月、トランプ大統領は連邦政府のDEI(多様性・公平性・包摂性)プログラムを全面的に廃止する大統領令に署名しました。これらの動きは、トランプ政権が単独で進めたものではなく、米国社会全体で「DEIの見直し」が進んでいる証拠でもあります。
1. 最高裁判決とDEIの見直し
最高裁判決によって、人種を考慮した大学入試が違憲とされ、全米の大学が入試ポリシーの変更を余儀なくされました。この背景には、「アファーマティブ・アクションが一部の人種を不当に優遇している」という保守派の長年の主張がありました。最高裁の判決は、米国における能力主義(Meritocracy)への回帰」を示すものとされ、企業や政府機関のDEI施策にも影響を及ぼしました。
2. トランプ政権のDEI廃止
トランプ政権のDEI廃止は、この流れをさらに強化するものです。彼の支持基盤である保守派・白人労働者層の中には、「DEIによる逆差別」に対する不満を持つ層が多く、トランプはその声を反映する形で政策を進めています。2025年1月の大統領令では、連邦政府のDEI関連職の廃止、政府契約企業へのDEI撤廃圧力が具体的な施策として示されました。
3. DEI廃止はトランプだけの動きではない
DEIへの反発は、米国の保守派の間で広がっている社会的な潮流であり、トランプ政権が唯一の推進力ではありません。共和党主導の州ではすでに、企業や大学のDEIプログラムを縮小・廃止する法案が可決されており、一部の大手企業も「DEI投資の削減」を進めています。
トランプ政権のDEI廃止施策が日本に与える影響
直接的なものと間接的なものの両方が考えられます。以下、主な影響を整理します。

1. グローバル企業のDEI方針の変化と日本への波及
✅ 外資系企業(特に米系企業)のDEI施策見直し
- 日本に進出している米系グローバル企業は、本国の方針に影響を受けやすい。
- 本国でDEI関連ポジションや予算が削減されれば、日本法人のDEI推進活動にも影響が出る可能性がある。
- 既に米国では「DEI責任者」のポジションが減少しており、こうした流れが日本法人にも及ぶかもしれない。
✅ 日本企業のDEI施策の慎重化
- 一部の日本企業は、欧米のトレンドを参考にしてDEI施策を推進してきた。
- しかし、米国で「DEIは過剰」との批判が強まり、企業の方針が見直される流れが強まれば、日本企業も「慎重な姿勢」を取る可能性がある。
- これにより、DEI関連の投資や研修が抑制される可能性がある。

2. 日本政府の政策への影響
✅ 政府主導のDEI政策は影響を受けにくいが…
- 日本政府は「女性活躍推進」「LGBT理解増進法」「人的資本経営」などを推進中。
- これらは米国のDEIとは異なる形で進んでおり、トランプ政権の方針変更が直接的に日本の政策に影響を与える可能性は低い。
- ただし、米国で「DEI不要論」が強まると、日本国内でも「企業が自主的に推進するDEI施策」への風当たりが強まる可能性がある。
✅ 人的資本経営の流れに影響を与える可能性
- 日本企業は、人的資本の情報開示を強化する流れにある(例:有価証券報告書への人的資本情報の開示義務化)。
- しかし、米国の企業が「人的資本情報の開示をDEI文脈から切り離す」流れになれば、日本でも開示内容のトーンが変わる可能性がある。

3. 日本のHR・人事業界への影響
✅ 「DEIの重要性」の再評価が求められる
- 日本では「DEI = 欧米発のトレンド」と捉えられがちだったが、今後は「DEIの何を取り入れ、何を日本独自に進めるべきか」という再評価が求められる。
- 特に「人的資本経営」「ダイバーシティ経営」といったキーワードをDEIとどう結びつけるかが重要になる。
✅ グローバルHRのトレンドの変化
- DEIを推進するHR資格(SHRMやCIPD)を取得する意義が、日本企業にとってどう位置づけられるか再評価が必要。
- 日本のHR業界では、DEIの取り組みを「人的資本経営」や「エンゲージメント向上」と紐づける戦略が求められる。
✅ 企業の採用・昇進に影響
- 外資系企業では、米国の影響を受けて「DEIに基づく採用・昇進」から「成果主義」へ回帰する可能性がある。
- 日本企業も、「日本の状況に合った形のDEI推進」へシフトする必要があるかもしれない。

4. 日本企業の海外戦略への影響
✅ 米国市場でのビジネス環境の変化
- 米国で「DEI撤廃」が進むと、日本企業が米国で事業を展開する際に、「DEI推進を前提とした事業戦略が通用しなくなる」可能性がある。
- 例えば、米国でDEIを重視したブランド戦略やマーケティングが受け入れられにくくなるかもしれない。
✅ グローバルな採用戦略の見直し
- 日本企業がグローバル採用を進める際に、米国の「DEI不要論」の影響をどう考慮するかが問われる。
- 例えば、「日本で採用した外国人社員のキャリアパス」や「グローバルリーダー育成」の方針にも影響を与える可能性がある。

結論:日本企業・HR業界に求められる対応
①「DEI不要論」に流されるのではなく、DEIの本質を見極める
- DEIの「表面的な流行」に流されるのではなく、「公平な評価」「能力主義」「多様な人材の活用」という本質的な議論を深めることが重要。
- 「人的資本経営」や「エンゲージメント向上」と組み合わせる形で、日本企業が独自のDEI戦略を確立する必要がある。
② 外資系企業のDEIポリシーの変化に注視
- 日本に進出している外資系企業のHR方針が変わる可能性があるため、HR担当者は「日本市場にどう適応させるか」を考える必要がある。
- 例えば、グローバルなDEI方針が変わった場合でも、日本国内の文化に合わせた柔軟な適応が求められる。
③ 日本企業は「グローバル対応」と「日本独自の戦略」のバランスを取る
- 「グローバル基準のDEI」と「日本の実情に合ったDEI」の両方を意識しながら、人事戦略を考える必要がある。
- DEIを「義務」ではなく、「競争優位の要素」として活用することが鍵となる。

まとめ
✅ 短期的には、日本の外資系企業やグローバル企業のDEI施策に影響が出る可能性がある。
✅ 長期的には、日本の企業・政府・HR業界がDEIの「本質」をどう捉えるかが問われる。
✅ 人的資本経営やエンゲージメント向上の流れと組み合わせ、DEIを再定義することが重要。
日本のHR業界にとって、これは単なる「米国の影響」ではなく、「日本に合ったDEIの形を本質的に見直す機会」になるのではないでしょうか。
次回は、「米国流のDEIが主流ではない、世界のDEI事情」についてお話ししたいと思います。

華園ふみ江
一般社団法人 人事資格認定機構
代表理事
米国公認会計士
ASTAR LLP 代表