「ジョブ型」Q&A集

2021年6月16日に、人事資格認定機構(HRAI)と経済界共催によるウェビナーを開催いたしました。

HRAI理事会、並びに主席講師が全員登壇し「ジョブ型人事」について解説を行い、経営者、人事責任者へ向けて「ジョブ型人事の導入を成功させるための基本の理解」の重要性をお伝えいたしました。

ウェビナーでは主に下記の3つに焦点を定め解説いたしました。

(1)人事とは何か?「ジョブ型人事」とは何か?

(2)ジョブ型人事を成功させる基盤(基本)―ジョブとは何か?

(3)人事として必要なKSAs(知識・スキル・能力)とは何か?

参加者の方々から沢山の質問をいただき、90分のウェビナーは時間切れとなってしまい回答ができませんでした。そこで、ここにQ&Aとして皆様とシェアをさせていただく事といたしました。

このコラムでは、Q&Aの前に、当日の内容から抜粋し、「ジョブ型」と日本で言われている人事施策、雇用スタイルに対しての問題点についての簡単な解説も付け加えさえていただきます。皆様の「ジョブ型」人事・雇用の正しい理解に繋がれば幸いです。

また、HRAIでは具体的な「ジョブ型」導入の為の検証・導入のアドバイス、導入プロジェクト・運用の支援業務も提供しております。詳しくはメールにてお問い合わせください。(info@hr-ai.org

「ジョブ型」と言っても海外では通じない?

まず、ウェビナー公演中に、「ジョブ型」人事・雇用を”Job-based” HR, Employmentと英語で表現しても、日本国外では意味が通じないことに触れました。それは、日本で「ジョブ型」と称されている人事施策、雇用スタイルが、日本以外のほとんどの国においては通常の人事であるからです。

「ジョブ型」に対する誤った解釈が広まりつつあることへの警鐘

HRAIでは日本で広まりつつある、ジョブ型への誤った認識と正しい理解の解説、そして、ジョブ型のあるべき姿について、次の3つのスライドにまとめています。

(@HRAI 転載不可)

(@HRAI 転載不可)

(@HRAI 転載不可)

Q&A:参加者からの質問についてHRAIからの回答をさせていただきます。

Q1)

ジョブ型の組織作りを確立させるには、解雇ができないと難しいと思いますが、その部分はどの様にお考えでしょうか?(例えば、ポジションクローズがあった場合に解雇できないと社内で別の業務に着く事になるが、それではメンバーシップ型とほぼ変わらない)

A1)

まず、大前提として、「アメリカでは自由に解雇できる」と日本では思われているようですが、それは正しい認識とは言えません。社員との雇用契約に対する企業の責任は日本とアメリカで基本的な違いはありません。理由の希薄な契約解約(解雇)に関しての訴訟リスクは同等にあります。

次に、「ポジションクローズがあった場合」という状況を整理して考える必要があります。アメリカにおいて解雇可能となる場合は、社員の側がそのポジションクローズに納得感が持てる場合です。

自由を重んじる米国では「Employment at will(随意雇用)」という、雇う側・雇われる側のお互いの意思で雇用契約をやめることができるという概念が昔からあります。しかし、これは雇用主がいつでも従業員を自由に解雇できるということではありません。悪意や解雇事由の希薄な解雇はもちろんのこと、公共政策、雇用均等法など数々の条例や法律、また、労働組合との労働協約に則っていないものはすべて訴訟問題につながります。

最後に、最も重要な点として、どの国の組織であっても、解雇を念頭に「ジョブ」を基盤とした採用や育成、異動などの人事施策を行っているのではありません。

組織の目的は、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を実現することであり、ゴールを達成することにあります。その為には、一人一人の「ジョブ(職務・役割)」の明確化と同時に各人のKSA(知識・スキル・能力)を組織が把握することが最も有効であり、不可欠であるとされているのが「ジョブ型」と日本で言われている、多くの国で行われている人事の本質です。

一方で日本型人事いわゆるメンバーシップ型にも利点は沢山あります。人事施策に欠点のない解決策や画一的な万全策はありません。

ここでの結論としては、最も重要でそしてまず行うべきことを申し上げます。それは、それぞれの組織が、「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」の実現とそこから設定されるゴールの達成のために、組織内の人的資本(ヒューマンキャピタル)をどのように有効活用するべきであるか、という「人事哲学」を考え決めることです。そしてそこから「人事戦略」に落とし込む必要があります。その「人事戦略」が「ジョブ型」への転換なのか、「メンバーシップ型」の維持なのか、それとも「ハイブリッド型」なのか。これは今、日本の経営者に向けられた最も重大な問いではないでしょうか。

Q2)

ジョブ型人事をすると、ジョブの文書の仕事しかしない、といった社員が出てくる、エンゲージメントが低い社員が増える場合もありますが、高いパフォーマンスを出す組織を作るためにはどこを、意識・注意したら良いでしょうか?

A2)

まさに、この件はウェビナー中の「ジョブ型人事注意点」で触れました。ジョブ型は、作業の分割・仕事の分断ではありません。ジョブを明文化したジョブ・ディスクリプション(JD)の第一の目的は、各人が達成すべき役割と目標(成果物)を明確にすることにあります。正しく規定されたJ Dには、組織のミッションや戦略、付加価値に直接的・間接的に紐づけがされています。また一人一人の主たる業務、補助的業務、チーム・部署・組織全体への貢献に対する責任などが記載されています。

JDは作業指示書ではなく、期待するパフォーマンス、成果を各従業員と組織がお互いに確認し同意した上でコミットをする書面です。ウェビナー中にも解説した通り、例えば「派遣の業務内容確認書」とは真逆にある物です。どの様なジョブでも他のジョブとの繋がり、アラインメントが必要であるので、他のジョブとの相関関係もJDで可視化することにより、仕事のアラインメントを一層強めて組織全体の業務効率を高める効果もあります。

その点を押さえてジョブ型の基本をなすJ Dを経営者、直属の上司、人事が的確に明文化し、各従業員に説明し、従業員が理解した上で如何にコミットさせるか、が「ジョブ型人事」の成否を握ると言えます。

今後、デジタルトランスフォーメーションが加速化され、多くのジョブが変化してきますので、なおさら、詳細な作業項目を書くのではなく、職務の役割・達成すべき成果を明確にしていく必要があるでしょう。

具体的なJDの例を挙げますと、ある大手グローバル企業におけるマーケティング・マネージャーの主要ジョブは、「マーケットシェア強化」、「ブランディング(商品イメージの確立)」、「メンバーとチーム力の強化」と簡潔、明瞭に記されています。

Q3)

貴重なお話ありがとうございました。3つ質問があります。

①ジョブ型が浸透すると個々の会社へのロイヤリティーが希薄になり、賃金が高い企業しか優秀な人材を獲得できなくなるのではないでしょうか

②日本は中小企業が多く、何でもできる多能工が尊ばれます。ジョブディスクリプションで仕事を定義しすぎるとこうした多能工が働きにくくなるのではないでしょうか

③日本の大学文系は専門性を突き詰めているわけではないので、大卒後にすぐ就職できない人も増えると思います。社会の安定性が損なわれる可能性はどうお考えですか。

お答えいただける質問のみで結構です。宜しくおねがいします。

A3)

①これまで、日本の主要な企業での雇用形態は「就社」であり、終身雇用を維持する為には専門職ではなく「社内ジェネラリスト」を育成・維持することが組織における大前提でした。そういった事から従業員についても自らのキャリアに専門性を求める事なく、組織から定期的に辞令を受けて、社内の職務を転々する、というのがキャリア形成の唯一の機会でした。

この「メンバーシップ型」と言われる雇用形態は確かに、過去において非常に有効で日本経済の基盤としての役割を果たしていました。

一方、日本以外の主要国では、「ジョブ型」と日本で呼ばれる人事施策で人財の確保・育成を行なってきました。

それでは、日本以外の国で働く人びとの会社へのロイヤリティーは、日本と比較して低いのでしょうか?そうとも言い切れないと思います。確かに、日本以外の国では、各従業員の会社へのロイヤリティーは自身のジョブ内容と密接に結びついています。その点は、自らのジョブ(専門性)は求めず、会社自体にロイヤリティーを持つ日本型とはロイヤリティーの根拠に違いがあることは明らかです。

しかし、どの国の組織であっても従業員の会社へのロイヤリティーは同じように大切です。それは人事施策、雇用形態を超えてまず重要視されている事と言えます。

ですので「ジョブ型」であるかないかに関わらず、会社へのロイヤリティーを維持するための努力というのは引き続き重要な経営課題です。

また「ジョブ型」=賃金の上昇ではありません。年功序列だけを基準に賃金を決定するのではなく、「ジョブの価値」によって賃金を決定するという事ですので、組織のMVVとゴールが同じであれば、自ずと組織全体としての総人件費というのは人事施策の選択により大幅に左右されることはないと思います。もし大幅に増加するのであれば、経営計画の抜本的見直しが必要というサインかもしれません。

②実は多くの欧米企業では生産性のさらなる強化のために、特に90年以降、製造業を中心に多能工を積極的に育成しています。

この概念は70年代からよく見られている「Job enlargement(職務拡大)」の延長線上にありますので、ことさら新しい考え方ではありません。前述した通り、J Dは、作業説明や指示書ではなく、その職務の役割と成果を明文化したものであり、正にこの「職務拡大」を可視化するという目的もあります。

このようにそのジョブで何を求められているか、成果物は何であるか、を基準として従業員一人一人が自ら考え、ジョブのやり方を任せられて、創意工夫して「多能工化」を実現してきたのがジョブ型人事の特徴です。

一方、日本型の「多能工化」は前述の通り、会社の辞令で職務を転々とするものです。「多能工化」を実現する為の人事施策として「ジョブ型」または「メンバーシップ型」、何がより有効であるのかは組織によっても異なることでしょう。

これもやはり、経営レベルでの検討、決断が必要な重要なテーマです。

③職務/部門別採用をしている企業でも、新卒の学生にいきなり実務での専門能力を期待しているわけではありません。新卒採用で部門別採用制を既にとっているグローバル企業でも、ゼロから基本的ビジネススキルも専門スキルを学べる仕組みを持っているのが通常です。

ですから、今後日本の学校を卒業する学生の方も、ジョブ型導入が就職難の元凶となる、という様な心配をする必要はないでしょう。

ただ、今は企業に就職しても専門性を磨ける組織が日本では少ないと言えます。また学生がビジネスの専門性を学ぶ機会もあまりありません。今後日本の企業でもジョブ型がより浸透していけば、その過程で大学教育が変わっていくことが考えられます。

世界の仕事やビジネスはより一層高度な専門性を求めているのは明白です。

日本の組織がこの様な国際競争の中で発展を続ける為には、一人一人の専門性が今後キーになっていくのではないでしょうか。そしてその根底にはやはり専門的教育が必要です。

HRAIでは、人事の専門性を促進し、企業戦略の一旦として人事戦略を司れる人事が日本に根付くことを促進するために、「世界基準の人事の教育と資格を日本に」をミッションとして活動をしています。

組織において一人一人の専門性を追求する人財フィロソフォーが根付いていき、大学の教育過程においてもよりビジネスの専門性について学べる機会が増えるよう、これからの教育とビジネスの相互エンハンスメントも視野にいれて、HRAIは活動を続けていきたいと思います。

また、現在のそしてこれからますます加速するボーダレスの国際競争を考えるとき、多くの国では国策として専門性のあるビジネスパーソンを積極的に育成しています。そして競争力のある人事施策を国として推し進めていく為にSHRMと契約している国もあります。(2019年アラブ首長国連邦、2021年サウジアラビア王国がSHRMと契約を締結しています)。

これからの国際競争の中で日本企業が競争力を高め、より発展していく為にも一人一人の専門性を高めることを組織の中では人事が中心となって行い、また社会全体で追求していくことは不可欠になっていくと思っております。

HRAIでは世界基準の人事の教育と資格の普及により、日本の人事の専門化を促進することにより日本の企業の継続的発展を支援し、安定した社会の形成にも貢献したいと考えています。

Q4)

SHRMエッセンシャルズプログラムを日本語もしくは、英語ではなく、バイリンガルコースで学ぶメリットがございましたら、ご教示ください。

A4)

SHRM Essentialsバイリンガルプログラムは、日本語・英語で人事の基礎(特に人事専門用語の意味を踏まえての習得)が集中的に短時間で可能なことです。

日本語が母国語であれば、専門知識を英語だけで学び習得するのは誰にとってもハードルが高く、英語のニュアンスなどは専門知識であれば非常に難しくなります。そう言った事から、日本語で人事専門知識を習得する事は不可欠であると言えます。一方でグローバル人事の現場において特に英語でのコミュニケーションの際に正しい人事専門用語を適切に使えなければなりません。日本語・英語で正しい人事専門用語を使えること、これがグローバル人事プロフェッショナルにとっての最大の強みといっても過言ではないと思います。人事専門知識の基礎を母国語である日本語で理解し、グローバル人事の現場で必要な正しい英語表現も専門知識と共に習得できることがなんと言ってもSHRM Essentialsバイリンガルプログラムを学ぶメリットです。

Q5)

パフォーマンスマネジメントのサイクルでちょうど中間レビューの時期になりますが、目標設定の際にジョブに基づく目標設定をたてられていない場合、現時点でできる対策、アドバイスございますか?

A5)

そのような要請を時々お手伝いしています。大変良い機会ですので、より良いジョブの定義を作り上げる機会として頂きたいです。

まず中間レビューで本来どのような仕事をすべきなのか、漏れ・重複は無いかの再確認を上司・部下の間でしてください。それがJDを作成する第一歩です。

その上で会社としてそれが本来やって欲しい仕事かどうかの点検を進めて行くという流れになります。

Q6)

アメリカではジョブ型がむしろ当たり前のものとして浸透しているというコメントがありましたが、そうすると法的にも正当化が既に図られているはずで、そのあたりは興味深いトピックです。

A6)

ご指摘の様にジョブ型はそれだけで存在するわけではなく、社会環境・法的な整備と同一歩調で進んできています。

アメリカは雇用機会均等法が早期から相当厳しく導入されていますから、それだけ真剣に議論・検討されて今の状態に至っています(SHRM Essentialsの講義ではアメリカ法についての説明を行っています)。

順番としては社会的な問題にどう対応するか、個々の企業がまず現実の場面で対応しつつ、そしてそれを法的にどう文章化していくかという流れになると思います。様々な状況が考えられます。

幸い日本にはアメリカ含め先行事例が沢山あります。「働き方改革」「リモートワーク」そしてやっと「ジョブ型雇用」を考える環境となりましたのでこれからが本番だと思います。

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